第10回 株式会社サンゲツ ●安田正介氏
気楽な気分でお願いしたインタビューだったのですが、
出迎えてくれる秘書さん、同席される広報担当者、
通されたサンゲツ最上階の役員フロア・・・
その空間のなんともいえない重さにおののく三宅。
三宅:(おぉ・・・なんというか・・・これは緊張するなぁ・・・テーブルが・・・でかくて、安田社長が遠い!)
安田:いまどきこういう重厚な応接っていうのも珍しいでしょう?つい最近ここもリフォームしたばかりですが、悪く無いでしょう?
三宅:はい・・・。(それにしても緊張するなぁ…)…えっと…安田社長、朝は何時に起きますか。
安田:何もなければ5時45分です!7時20分ぐらいに家を出ますが、朝のこの時間帯が1日の中で一番のんびり過ごせる時間です。スクワットを100回やってからゆっくり新聞を読みます。
三宅:毎日ですか?それはすごいですね。
安田:スクワットがいまブームだからやっているんじゃないですよ、もう10年以上前から続けています。『ワンダーコア』もいいかなと思ってね、買ってしばらくほっといたんだけど、最近またやっています。腹筋割れてくるかと思ってたのに全然割れてこないの(笑)
三宅:世の中には腹筋が割れる人間と腹筋が割れないっていう、人間2つのタイプがあるんですよ、きっと。
安田:腹筋もやっていますが、とにかくスクワットですよ。なぜなら、人間の基本は歩くことと食べることだから。
三宅:食べることにご興味があるんですね。
安田:興味というか・・・普通に美味しいものを食べたいと思いますよ。美食家というわけではないです。世界中いろいろなところに行っていろいろなものを食べたけど、たとえばほら、ミシュランのお店とかでバルサミコなんかでお皿にチチチチチって絵を描くような料理あるでしょう?ああいうのはダメなんです。それよりは、オーソドックスなフレンチ、昔ながらのイタリアン、というシンプルなものが好きです。あんまり複雑な料理は、僕はダメなんですよ(笑)
三宅:最後の晩餐、何が食べたいって聞かれたら私は母親の作るオニギリが食べたいなぁなんて思うのですが。
安田:最後の晩餐?僕は考えたこともないなぁ!
三宅:人生の終わりなんかまだ考えるもんか!ってことにしておきます(笑)
安田:そうだ、三宅さんに見せようと思って持ってきた写真があるんですよ。
三宅:なんでしょうか?
安田:この間お話した、雛屏風の写真。
三宅:わ!ぜひ拝見したいです。
安田:どう?いいでしょう?
↓
三宅:これが安田社長のご自宅の写真ですね?リビングの壁面に雛屏風を飾りたいって思ってずっと探してたんだよっていうエピソードを以前お聞きしましたが、そのお写真ですね?探した期間…2年近く?っておっしゃってましたっけ。
安田:そう、金沢で探したりあちこち探したりで、2年がかりでようやく京都で「これだ!」という気に入ったものに出会えた。
三宅:安田社長は、元々は三菱商事にいらして、2014年からサンゲツの社長さんになられました。そもそも商社を就職先に選んだのはどうしてですか?
安田:実は商社勤務がしたかったというわけではないんです。中学生の頃は出来が悪くてちょっと悪い仲間と…グレていた時期があるんだけれど・・・。
三宅:はい。以前お聞きしたことがあります。でも冗談抜きで文章に「ピー」っていれなきゃいけなくなるので、今回のインタビューではそのエピソードは割愛させていただきます(笑)
安田:まぁそうか。でもほんと、あのまま悪い道を進んでいたら今ここにいる自分はないのだけれど、更生して勉強して、大学生になって、そして、ある企業へ就職がきまったんです。入社式前に事前研修とか親睦会とか、そういうのがあるでしょう?その時にね、おや、これは違うな、自分がやりたいような仕事じゃないよな、って思って内定を辞退したんです。
それで、さぁどうしよう、もう一回ちゃんと就職先を探さなきゃと思った。当時はね、「青田買い」と言って、今より早い段階から内定者を決めてしまう風潮だったんですよ。今からだなんて、どうしようかと思ったのですが、青田買いをしない、あくまでも入社の時期に合わせてギリギリで採用をするという姿勢を貫いている企業がいくつかあった。それが、マスコミ、JAL、三菱商事でした。僕はマスコミやJALというタイプでもないから・・・まぁ三菱商事かなってね。それで採用してもらったんです。商社マンになりたいわけでもなんでもなかったので、ほかの商社を受けることもなく、商社マンになりました。
三宅:新入社員のときにはどんなことをしたのですか?
安田:大阪で繊維を担当していました。船場の問屋さんをずっと回ってたんですよ。まいどおおきにーとかいいながら。私は、1973年の入社ですが、その前の1971年ごろに、金融および関税でニクソンショックというのがあって、アメリカでの金融為替状況に大きな変化があり、それに加えて、糸を売って縄を買うといわれた沖縄返還のために日本は繊維のところで大幅に譲歩したものがある。繊維産業って当時は輸出でもっていたんだけれど、それが一斉に廃れていってしまった。
三宅:そうなんですね。
安田:商社って「背番号制」みたいなのがあるんですよ。
三宅:背番号?
安田:繊維に入ると繊維、機械に入るとずっと機械っていう背番号がつく。その中でプロフェッショナルになるため育っていくんです。
三宅:他に転属されることはないのですね。
安田:そう、他の部門に行くというのはもう別会社みたいなものです。よほどのことがない限り僕は繊維から出られない。でもそこから抜け出せるもののひとつに、「研修生になる」という道があった。研修生になると、繊維から人事部に籍が戻るんです。研修が終わればその時点で再度、配属先が選定される。
三宅:衰退する繊維産業の担当から、別のルートにいける道があった、と。
安田:それで僕は研修生としてドイツに行きました。
三宅:それでドイツ語がご堪能なんですね。繊維を担当していたときのお仕事がいまのサンゲツのお仕事につながってる、という部分はありますか?
安田:いや。全然別物です。繊維とはいっても商社金融でお金を付けるような仕事でしたから。
三宅:三菱商事とサンゲツで、社風の違いというのは感じますか?
安田:僕はサンゲツに外からきた人間です。サンゲツは元々オーナー企業ですから、上位下達というかね、それはやはり三菱商事にはない空気感はありましたね。でも僕はそれを「変えたい」と思ってサンゲツにやって来たわけですから、変えていきたいと思っています。上司に言われたからやるんじゃなくて自分で考えて自発的にやる、そんなふうに変わって欲しいと思っています。「強い組織」になって欲しいんです。
三宅:サンゲツの、品川にあるショールームは、ただ商品がズラーっと陳列されているということじゃなく、たくさんのコーディネートブースがあって見やすくて楽しくていいなぁと思っているのですが、あれは乃村工藝社さんでしたっけ?デザイン会社が絡んでいると聞きました。自前の、サンゲツ社内のデザインチームでショールームを作らなかったのはなぜなのでしょうか?
安田:そう・・・ほんと、それね・・・。そこなんですよね。自社のショールームぐらい自分のところでって僕も思いましたけれどね・・・・結局デザイン力がまだ弱い。空間のコーディネートをしても「自社商品を売るための」という概念から抜けられない。空間への付加価値、というところまで持っていかなけらばいけないのだけれどそこにまだ至れない。三宅さん、サンゲツの社員の平均年齢って36歳なんですよ。
三宅:え、若い!
安田:そうなんです。うちの会社ってね、昔は離職率が高かったんですよ(笑)今の・・そうだな、48・49歳辺りの年齢層が、入社当時は220名ぐらいいたのに、今残っているのは25名くらいなんです。みんな辞めちゃった。だからその辺りの年齢層が少ないんですよ、その代わり最近の若い人たちは辞めてなくてたくさんいる。何十年も続いている老舗企業としてこの平均年齢は若いほうだと思います。サンゲツはいろいろな見本帳を持っていますけれど、壁紙、ファブリック、それぞれの見本帳ごとに商品開発担当のチームを作っていますが、20代~30代のメンバーが中心となって開発しています。若い人間が中心となって、より発展性のある仕事になればいいなと思っているんですよ。僕はデザインに関しては意見を言わないことにしているんです。クリエイターではないですから。
安田:「倜儻不羈(てきとうふき)」
三宅:どういう意味でしょうか。
安田:人に操られない。自分の意志で、行く。ぶれない。
三宅:以前。インテリアの業界は、お金をかけるだけの価値がないのではないか?多額の資本を投入してまで事業展開をすすめていくに値する業界ではないか?と時々不安になる。という、そんなことを以前、安田社長がチラっとおっしゃったように思ったのですが、どういう意味だったのでしょうか。
安田:あぁ・・・それはですね。例えばこういうことです。家を建てることになる、ここにこんな壁紙を貼りましょうって打合せする、で、1か月前とか2か月前とかに発注しておく。というのならわかりますよね。
ところが、内装施工業者の方が明日この壁紙を貼りましょうって注文すると、事前に全く連絡していないのに明日それが施工現場に届く。現場は年間を通してブレがあるものです、極端に忙しい時期、ヒマな時期がある。にもかかわらず、何万とある品番のそのどれをもほとんど在庫を切らすこともなく、なんのpre noticeをする必要もなくちゃんと届く。極端にいうとこの業界ってそういうことです。
誰誰さん家にこれを貼るよ、って3か月前に決まって用意していたならわかりますが、そうじゃないのに明日現場にちゃんと届く。1メーター50㎝必要となれば、1メーター50㎝が間違いなく現場に届く。そんな商品やサービスは他にそうそうないですよ。でもそれがこの業界は当たり前のようになっている。このサービスを支えるための陰に隠れた努力、陰に隠れているコスト、陰に隠れている人々の労力や企業努力、どれだけの担当者、業者が頑張っているかというと、相当なものだと思うのです。
・・・・にも関わらず、それに見合う対価、利益としてお金になって戻ってきてないですよね?
三宅:なるほど。
安田:こんなサービスをやっているのは日本ぐらいですよ。海外では、注文したら2週間後に届けば御の字ですよ。日本中に物流拠点を設けて、今日注文したら明日届くということを頑張ってやっていますけれど、その物流センターの老朽化に手を加えて直して・・・コストかけて、その分に見合うだけの資金が回収できるのか?不安に思いますし、このサービスの評価は十分に得られていないのが現状だと思います。
商品にしてもデザインにしてもそうですが、お金かけてやっているのにも関わらず、利益が回収できないというのは、経営上大いに問題があると感じます。
三宅:どうやったらお金が戻って来る仕組みにできると思いますか。
安田:インテリア業界って、いつも「内なる競争」で勝とうとしてきました。同業同士で競っている。他社が1日1便出すなら、うちは1日2便だす、とかね。内側で競争して、それで勝ってコストをカバーしようとする。その結果、過剰サービスがうまれ、資金は回収できないという構造になってしまいました。そうではなくて、業界の外から回収するようにしなければならないと僕は思うんです。
三宅:内装業界が頑張りすぎてしまった、ということでしょうか。
安田:建物を作る時に、工期が伸びたりするでしょう?でも3月31日までに竣工させなきゃいけないといって、最後、内装工事1週間予定していたのを3日で完成させなければならない、なんていうね。そういう現場のしわ寄せが内装業界に降りかかってくる。そういうことが起きちゃってますでしょう?職人さんたちが泊まり込みで徹夜で壁紙貼ったりして、そういう無理難題をきいて、やれてしまっている現状がある。
三宅:はい。
安田:そういう状況は変えていかなければいけないと思うんだけど、そういう状況を作ったのは、まぁ・・・サンゲツなんじゃないか、ということも感じている。業界のトップとして率先してそういう流れを作ってしまった、その考え方の見直しは必要だと感じていますよ。
三宅:なるほど。
安田:4年前、僕はサンゲツに来てこの業界に入って、最初に感じたことは3つあるんだけれど
三宅:一つ目はなんでしょうか。
安田:「年齢層が高い!!」
三宅:おぉ・・・。
安田:2つめは「デフレ体質だということ」そして3つ目は「対外的な発信力が弱い」ということ。
三宅:はい。
安田:この3つは結局、つまるところは同じなんですよ。長年この業界にいる人たちが、この業界の中で内部競争をしてきた。ということではないかと。ただ、世代交代はこの4年間でもずいぶん進んで、考え方も変わってきたと思います。私なんか、今では最高齢です。
三宅:インテリア業界が改善すべきであろう抱えている問題の、ルーツはひとつだ、という認識ですね。
安田:ミラノサローネに「スペシャリテ」という、無料で展開しているブースがあるんですけれどね、そこには各国の若手のデザイナーたちが集っている。日本人もいる。そこにいって「壁紙のデザインやってみない?」なんて声をかけたらみんな「興味あります!」って言ってくれるの。床材ってそういうのがないんだけれど、壁紙は、ピカソもそうだけれどいろいろな人がデザインのチャレンジをしているので、壁紙をとっかかりとするのはいいんじゃないかなと思うんですよね。
三宅:サンゲツでは「デザインアワード」っていう企画をされていますもんね。あれも、デザイナーさんの発掘、外部からの力で活性化させよう、という試みなんですね。
安田:これは夢物語かもしれないけどね、青山あたりにサンゲツのオフィスを移転させてね、第3金曜日の夜にはアルコールと簡単なおつまみを用意して、そこに外部の若い人たちがみんな集まって、別に何かを企画するわけでもないけれど、情報交換したりっていうデザイナーのたまり場になる、そういう会社にしたいなぁって思っているんですよ。
サンゲツは材料中心とした会社ですけれどね、日本のマーケットだけじゃなくて、2年前に買収したアメリカの企業とかの海外マーケットも含めて事業はこれからも展開していくし、僕は外から来た人間だからまぁ助っ人みたない立場で、事業がきちんと広がって継続できるような体制を作り直したい、と考えています。
三宅:助っ人(笑)
安田:外に開かれた発信力、自己満足ではない事業、若い人間を通して変わっていけるんじゃないかなぁと思いますよ。サンゲツはね、業界の外の人とつながりたいんです。外の人とコラボしていきたい。
三宅:停滞しないために、ですね。
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安田正介/
株式会社サンゲツ 代表取締役社長執行役員
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(編集後記)
サンゲツの名古屋本社から、名古屋の駅に戻るまでを、社長の社用車でお送りいただきました。
「新車の匂いがしますね?」と言いましたら
運転手さんは
「いいえ・・・もう数年たっているのですが・・・社長はタバコを吸いませんので新車の状態が保たれているのでしょう」とおっしゃいました。
「車の中で、安田社長はどんな感じですか?」と聞けば、
「いつも考え事をされているご様子です。あるいはどなたかとお電話で打ち合わせをされているか、です。わたくしとベラベラ無駄話をするような感じではありません。いつもお仕事をされています」
安田社長の印象はとても気さくで親しみやすい感じを受けるのですが、
隠れたところで常に緊張の糸が張られているようにも思いました。
2018.7