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第5回 マナトレーディング ●齋藤伸一氏

齋藤様三宅:このたびはインタビューをお引き受けいただき本当にありがとうございます。個人のホームページの1コンテンツにすぎないこのコーナー、マナトレーディングの創業社長にお願いをするなんて図々しくて申し訳ありません。

斎藤:三宅さんからインタビューの話をいただいた時、とまどいました(笑)ところで過去の記事も拝見させていただきました。このインタビューのコーナー、これはどういう発想で始められたのですか?

三宅:ホームページは自分の世界です。施工例、ブログ・・・すべて自分からの発信とアピールばかりになりますのでバランスが悪いかな?と思いまして。他人のお話を聞く、そんなコーナーも欲しいと思ったのです。コーディネーターは接客業で人の話を聞くのが仕事ですからそのヒヤリングの訓練も兼ねてます。

齋藤:そうなんですね。いや、すごいなぁと思いました。

三宅:私にとって齋藤社長は神様のような存在です。2002年に出版されました「インテリアファブリックの世界」(※1)という著書、あの本に感銘をうけまして心が震えました。インテリアの本を読んで心が震えたのは初めてのことでした。

齋藤:そうでしたか、いや、お恥ずかしい、失礼しました。

三宅:そもそも、あの本をお書きになられたのはどんなきっかけだったのでしょうか。ご自分で本を書きたいなぁと思われたのですか?

齋藤:誰から伺ったのか何かで読んだのかはもう記憶にないのですが、事業を始めるとすれば本に書けるくらいの内容でなければ事業にはならないし事業をしてはならない、と。そんな言葉を聞いたか読んだかしまして私にとってこの言葉はショックでしてね、自分がやっている商売は本当に本に書けるようなコンテンツがあるのだろうか、そんな自問自答が常に頭の中にありまして意識をしていたのです。

三宅:コンテンツ、ですか。

齋藤:はい。そうしましたらある日ハウジングエージェンシーの三島様から本でも書きませんかとお話をいただきました。自分の商売のコンテンツがどれだけのものだろうかと、これは確認する作業ができるチャンスだと思いました。本を書くのが目的ではありませんでしたが、本になるほどの内容にまとめることができるのだろうかチャレンジしてみたくなりました。マナトレーディングは私が創業ですが、会社を興してもう20数年ぐらいはたっていた頃ですから、創業時のことを知っているメンバーも減りました。ですからどんなきっかけでどんな気持ちで事業をはじめたのかということは社内に残しておきたい伝えておきたいという思いもありました。それで原稿を書いてみたのです。三島様にみせましたら、うん、これは本にできる内容だとおっしゃっていただき、それで出版する運びとなったんです。

三宅:そうだったんですね。

齋藤:本にするつもりなどなかったのですが、いざ出版してみますとそれを手に取って読んでくれた人が、マナトレーディングにぜひ就職をしたいと集まってくる。本、活字というのは、なるほど、大きな力があるものだと思いました。

三宅:私もとても影響された一人です。こんな熱意のある人が創業した会社が取り扱っている、こんな素敵な商材、自分の家のインテリアにとりいれるなら絶対にマナトレーディングのものにしたい!と思いまして、すぐに家のカーテンをマナトレーディングのものに変えました(笑)

齋藤:まぁ!そうだったのですね。ありがとうございます。

三宅:もともと、特別にファブリックがお好きというわけではなく、たまたま商材として扱ったのがファブリックだっただけだ、と本には書いてありましたが。

齋藤:はい。私はミーハーなんです。ミーハー・・・だったんです(笑)実はマスコミに就職をしたいと思っていました。ところが就職活動をいざ始めてみますとものすごくハードルが高くてですね、国立や早稲田慶応じゃないと門前払いでした。青山学院?全然だめなんです。正面から入ろうとすると求人倍率1000倍の業界でした(笑)ですから今度はコネのルートをさぐりました。マスコミはコネに力が強い世界でして、紹介があれば入れてもらえそうだ、と。それでいくつかのコネは見つかったのですが、アルバイトでの採用ならできる、とか、正社員で入れても一生地方局勤務で東京には戻れないけどそれでもよいか、とか、なかなか思うようにはいかないわけです。君は声がいいからアナウンサーとしてなら採用をしてあげるよと言っていただいたりしましたが、アナウンサーというのはすべて契約社員なんです。

三宅:なるほどなるほど。

齋藤:まぁそれで、マスコミに正社員で就職、の道はないなぁと気づきました。親戚が洗濯屋さんをやってましてね、ミーハーな私が地味な洗濯屋さんに就職することになりました。

三宅:白洋舎、ですね。

齋藤:そうです。もう、全然華やかじゃない(笑)実際就職しましたら自分のやりたいことと全然違うわけです。どうしようかと思っていましたらね、ある日会社に飛び込みの営業マンが来たんです。たまたま知り合ったその営業マンの奥様がインテリアの仕事をしてました。あるときご自分でテキスタイルの会社を立ち上げたい、と。それで一緒にやってくれそうなどうにか使えそうな人物はいないだろうかと声がかかりました。

三宅:白洋舎でのお仕事がきっかけで知り合った方と、事業をおこす流れになったんですね。

斎藤:はい、ご主人と、奥様と、私。そのときに3人でたちあげたのがテキスタイル飯田、という会社でした。7年ぐらい続けましたでしょうか、そのあと方針の変更なんかもありましてね、私はそこから抜けて自分で新たに独立して会社をつくることにしました、それが今の会社です。ですから、ファブリックが好きで、ということでもなく流れにまかせたらたまたまファブリックだった、ということです。

三宅:そうやって30年以上、この業界にいらっしゃるわけですがファブリックに対してのお考えは最初のころに比べて変わりましたか。

齋藤:ファブリック・・・というよりはインテリア全体としての話ですけれど。インテリアが変わると生活が変わります。生活が変わると人生が変わるんです。そのことを、リノベーションさせていただいたあるお客様から教えてもらいまして、はっとしました。それまでは、インテリアなんてまぁ仕事として扱っているだけで私自身は別にどーでもよかったんです。ところがリノベーションをして、お客様のお部屋がガラリと変わり、生活が変わり、職業が変わり、人生が変わったさまをみまして、インテリアというものはこれは人生のクオリティを変える素晴らしい世界なんだと気が付かされました。それからは一生懸命でした。齋藤様

三宅:社長は異端児、ですか?どんな子供時代だったのでしょうか。

齋藤:やんちゃでもなく、おとなしいタイプでもなく、本当に普通の平均的な子供でしたよ。東京に住んでて私立の進学校に通ってました。父が建設会社に勤めていましてね、転勤になったんです下関に。

三宅:ふぐのおいしい。

齋藤:はい、ふぐのおいしい下関(笑)建築学会賞をとりました山口銀行本店というのがあるんですが当時父がそこの工事の責任者でした。下関はいかれたことありますか三宅さん。あそこはね本当に田舎です。今は単身赴任なんてことも普通ですが私が子供のころは親父が転勤なら家族そろって一緒にくっついていくのが普通でしてね、父がそこの現場を担当し、その後広島へ転勤します。中学から高校にかけて私は下関と広島で暮らしていたんです。

三宅:東京の進学校から、田舎の公立中学へ

齋藤:はい。すごくいじめられました。本当に・・・いじめられましたよ。そのときの経験は私にとっては転機だったと思います。いろいろ事情もありまして私は中学を2つ、高校を4つ通っています。高校卒業は広島なんです。あの経験は私に影響をあたえたと思います。なんていうか・・・屈折した性格をつくりだした。

三宅:齋藤社長は屈折してるのですか!(笑)

齋藤:大学でまた東京に戻ってきたのですが、その頃というのは三宅さんはご存じないと思いますが全共闘の時代でして。当時わたしはちょっと右に傾いていたんです。右翼だったんですよ(笑)通っていた青山学院大学は渋谷にありましてね、左翼の全共闘の連中をみかけると詰め寄っていっては乱闘になるんです。渋谷の道路のど真ん中で(笑)めちゃくちゃな時代でしたよ、勉強なんてまったくしませんでしたから、もうちょっと勉強しておけばよかったと今は思います。

三宅:斎藤社長はおだやかなイメージしかないので、意外です。

齋藤:この歳になりますと、そりゃ(笑)

三宅:11月にはJAPANTEX(※2)や、新しいイベントとしてのデコオン(※3)などがあります。インテリアの素晴らしい世界を広めよう、という活動や、これからの動向をどのようにお考えでしょうか。

齋藤:今までのビジネスというのは、BtoB(※4)が主流でした。ところがこの、BtoBのBというのは、屋ってつくところがなくなってきている。

三宅:屋ってつくところ?

齋藤:はい。カーテン屋、とか、内装屋、とか、壁紙屋とかの、「屋」です。

三宅:あぁ。

齋藤:そういう従来のなになに屋、っていうのがみんなコケてきて、なになにショップとか、なになにストアっていう名前に変えてきたようなところは残ってはいるけれど いずれにしてもBtoBというのが厳しくなってきました。それで、BtoC(※5)だ、って流れになるわけですがそれもまたなかなか難しい。製造と小売りを一括して中間を省くというSPA(エスピーエー)というユニクロみたいなやり方を模索したり、IKEAやニトリは完全にBtoCのビジネスですけれどインテリアの業界は基本的にはその形は難しい。

三宅:はい。

齋藤:それで今の段階は、BtoCtoB だと思うんです。

三宅:BtoCtoB

齋藤:はい。今の私共のビジネスの考えは、Cに対してアピールをしていく。ですがCに対して小売りは絶対にしません。今後もしません。宣伝とアピールは大いにするけれどあくまでも流通はB、つまり販売店やICなどを通す。そういうBtoCtoBという考えに基づくのがよいだろうと思っています。なかなか大々的に告知をできないようなブランドがJAPANTEXなどの場でアピールをするのは良いと思いますが、それはCという消費者にむけてのアピールにはなっていない。JAPANTEXはもはや業界関係者しか集まらないですから。ビジネスを拡大したいのであればJAPANTEXは否定しませんけれどJAPANTEX+αを考えなければいけないだろうと思います。

三宅:私は今まで、というかこれからもそうだと思いますが、ひたすら個人邸のインテリアコーディネートをしてきました。新築ですとか、華々しいモデルハウスだかの案件はほとんどありませんで、ひたすら、エンドユーザーさんの、リノベーションや模様替え、なんです。現場、打ち合わせ、現場、打ち合わせ・・・ばかりでしたが、自分の年齢や立ち位置なんかを意識するようになりまして、エンドユーザー向けに情報を発信していく、ということも意識してやっていかないといけないのかなぁとこのごろやっと考えるようになりました(笑)

齋藤:三宅さん、本をお出しになったらどうですか。いままでどれくらいの案件をこなしてきましたか。スペックデータは保管していますか。そういうのはノウハウですよ。本としてまとめてみてはいかがですか。

三宅:そんな夢のようなお話・・・叶えばうれしいです。話半分で聞いておきます(笑)

齋藤:三宅さん、ちょっと辛いんですけれどおいしい中華料理のお店があるんですよ、今度ご案内しますのでぜひ行きましょう。

三宅:わぁ、ぜひよろしくおねがいいたします。またいろいろなお話を伺わせてください!今日はありがとうございました。

 

 

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※1:「インテリアファブリックの世界」:齋藤伸一氏著書(amazonから購入できます↓)
マナトレーディング インテリアファブリックの世界

※2:JAPANTEX:東京ビッグサイトで毎年開催されるインテリアファブリックの展示会。2015年は第34回目となる

※3:デコオン:輸入壁紙等海外ブランドに絞り込んだインテリアの展示会、2015年からスタートした新しい試み

※4:B to B(ビートゥービー):企業間の商取引、あるいは、企業が企業向けに行う事業のこと。Business to Business

※5:B to C(ビートゥーシー):企業と一般消費者の商取引、または、企業が一般消費者向けに行う事業のこと。Business to Consumer

 

 

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齋藤様齋藤伸一(サイトウ シンイチ)氏

マナトレーディング株式会社
代表取締役

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編集後記:

編集後記ですと?!
緊張しました、そのひとことです、はい。
紅茶を4杯もおかわりしました(笑)
飲みすぎでしょうか。

 (2015.10 セルリアンタワー東急ホテル (渋谷)にて)

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