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世界のトップデザイナー・澤山乃莉子さんの伝統建築再生プロジェクト「桃乃八庵(とうのやあん)」のインテリア見学レポート

澤山乃莉子さん。

個人的な交流はない。
雲の上の存在だ。
だから多くのことは知らない。

元々は日本航空の国際線客室乗務員、
ホテル西洋銀座のマネジメントコンサルを経てから
建築の世界へ。

ロンドンを拠点に生活し
世界の真の富裕層を相手にしている
インテリアデザイナーであるということと、
私が強烈に憧れているデザイナーであるということ。

澤山さんのことで私が持っている情報はそれだけだ。

 

キュレーションホテルが拓く伝統の未来
澤山乃莉子
(株)エイトノットアンドカンパニー (2019-06-25)
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澤山さんが1冊の本を出版した。
身も蓋もない言い方をしてしまうならば

インテリアデザイナーが中古物件を購入し
リノベーションした様子を1冊にまとめた
インテリア写真集

ということになる。
澤山さんじゃなかったら私はこの本に興味を持たなかっただろうと思う。
澤山さんの仕事だから読んでみたいと思ったのだ。
そして事実、
この本は私を感動させるに値するものがたくさん詰まっていた。

「キュレーションホテル」という言葉は聞きなれないかもしれない。
私も最初はよくわからなかった。

 

ある日、「桃乃八庵」のインテリア見学ができる予約制のツアーのお知らせがきた。
澤山さんの解説ガイドつきだ。

「桃之八庵」はホテルといいながら、実は一般的な宿泊を受け付けていない。
(2019.8現在)
なので、内部を見たいならばこの見学会に申し込むしかない。
行かない理由が見当たらないではないか。

——————–

8月の熱海はジリジリと暑かった。
空はアイスキャンディー色をしていて
青く濃く広がる海には
初島へ向かう白いフェリーが彗星のように波の尾をひきづりながら浮かんでいる姿が
小さく遠くに見えた。

熱海駅で集合した見学会の参加者たちはみな額から汗を流しながら
3台にわかれてタクシーに乗った。
駅から「桃乃八庵」までは歩いて5分もかからない。
けれども、この暑さの中、勾配のきつい急な坂道をあがるのはしんどいだろうと
主催者がきをきかせてくれたのだ。

そんな山の上に「桃乃八庵」はあった。

 

 

正直に白状すると、
憧れのデザイナーが出版したその一冊を
私は喜んで手に入れたわりには
中身をまだきちんと見ていなかった。

パラパラと開いて文字はすっ飛ばし、
主要な写真だけに目を通す斜め読み、しかしていなかったのである。

だから、この見学会に参加した時点では
実は細部のことまではよくわかっていなかった。

どういう経緯で澤山さんが熱海の物件を購入し、
どういう思いでリノベーションをし、
どんな理想をもってキュレーションホテルへと昇華させ、
どんな課題を乗り越え、
どんなエピソードがあり、
誰と出会い、
何を納めたのか。
これまでに住んでいたロンドンの家はどうしたのか。

あれやこれやのことは
きっとあの本の中にすべて書いてあるのだろう。

見学会の日、下手な質問はできないなぁと思い私は口数が少なかった。
(書いてあるようなことを聞いてしまったら、読んでないのがバレるからだ)

 

 

家の中はすべて、
扉をあけたり、引き出しをあけたり、触ったり、自由にしていいと言われた。
NGはありませんのでどうぞどうぞ触れてください、と。

ありがたい。
写真を見るだけではわからないインテリアの「触感」を
今日は持って帰ろうと思った。

壁紙に施されたちぎり和紙の、わずかに感じる立体感。
指でそーーーっとなぞる。

階段に敷き詰められた、畳のランナー。
ゴザのような感覚を想像して足をのせると
予想外のフカフカに驚く。

リビングのギャベも、想像以上にフカフカしている。

ペロっとめくれば、畳もギャベも、
きちんと11ミリのアンダーレイを敷いていることがわかる。

そんなふうに、
いちいち触っては確認し、
確認しては触るを繰り返した。

伝統のものと現代のわけのわかんないアーティなものを組み合わせたときや、
時代の異なる新旧を混ぜた時、
異国の文化をぶつけあったときなど…
そこに生まれる独特の緊張感とスパークルがたまらなくいいのだという。

独特な場の作り方は
ロンドンと日本の2拠点生活をなしえてきた
いかにも澤山さんらしいコーディネーションだと思うし、
みんなそこに「楽しさ」を感じ、刺激を受ける。

伝統に現代アートをぶちあてる面白さを澤山さんは知っている。
だから人間国宝級の伝統と
ケリーホッペンを組み合わせていたり、
博物館級の工芸品とIKEAを組み合わせていたりと
びっくりするような手法をやってのけるのだけれど

確かなベースがある人にしか真似できない。

 

 

日本家屋では珍しい?巾木が「桃之八庵」には採用されているが、
築85年の家をリノベーションする際に出た材をなるべく廃棄せず
再利用して使っている。

例えば梁だった木材。
うねうねとした形状を活かし、加工して、巾木にしたという。

このアンジュレーション(起伏・うねり)を楽しんでほしい

と澤山さんは説明した。
アンジュレーション。
言葉の響きがかっこよかったので
これからは私もその言い方を真似しようと思った。

(笑)

 

 

 

 

見学会があったその日の夜、
私は家に帰るともう一度この本を開いた。
そして、はじめから終わりまで一字一句すべて食い入るように読んだ。
パラパラをめくってみた時とは明らかに見え方が違ってくる。

本には確かにすべてが載っている。
引きの写真も、寄りの写真も。
解説がなければ漠然ととらえてしまうだけのひとつひとつのシーンすべてが

あ、これは・・・あそこにあった景色だ

と気づける。

 

キュレーションホテルの取り組みや
「桃之八庵」のデザインのあれこれは
ぜひ、実際に訪れて、そしてこの本を開いて
皆さんの目で確かめてもらいたいので
細かい話はしないでおこうと思っている。
後半に記載されているいくつかの対談やインタビューの記事も
すばらしい内容で読みごたえがある。

—————–

最後にひとつだけ、
本には載っていない話をしよう。

「桃之八庵」にはあちこちに月を符号にした空間づくりがされていた。

例えばほら、
建具の引き手が「月」という文字。
なんていうふうに。

月のメタファーは男女の色恋。
それは、もしかしたら
道を外れた恋かもしれないけれど。
しっとりとした逢う瀬の刹那の空間には似合う「月」という符号。

熱海にぴったりではないか。

熱海には有名な「月の道」の景色がある。
満月の夜に見ることができる幻想的な風景だ。

これは庭の隅に残る風呂場跡の壁に、
左官やさんが自発的に製作してくれた月の道のアートだという。

部屋からそれが、
あたかも最初から計算されていたかのように景色になじんで見えている。

 

「桃之八庵」の建築においては
このように、実は澤山さんの意図したデザインではない
職人さんたちの自発的なデザインや、技術や、施工がある。

この古民家再生プロジェクトのスタート当初、
工務店や職人さんから断られ続け、4社目にしてようやく施工を請け負ってくれる業者に出会えたという
実はそんな紆余曲折を経ている。
それだけ、澤山さんはおそらく
困難で、無理難題で、前代未聞の試みをしようとしていたことがわかる。

一般的に考えたらみんなやりたがらないようなことを、
ここの建築現場では
自発的に、職人さんが、ノリノリで関わってくれていたということが
要所要所に伺えた。

どうしてそれができたと思いますか?と質問をしてみた。

そりゃぁ、とにかく職人さんをおだてて、盛り上げましたよ。

と澤山さんは答えくれた。

長いことロンドンで仕事をしていたでしょう。
なんだか知らないけど東洋の女が先頭にたって
あーだこーだと現場を仕切らなきゃいけない場面がたくさんあって。
相手は、ポルトガルからきた職人チームだったり、
欧米のガタイのデカイ男たちだったりするわけですもの、
もう、おだてて、おだてて、リスペクトして、
気持ちよく仕事してもらうようにって
そういうすべを私はロンドンで身につけたんですよ。

インテリアの仕事をしている人はわかると思う。
大きくわけると2種類の人がいて
「女だと思って舐められちゃいかん」と厳しくあたるタイプと
「現場を和ませておだててのせる」澤山さんのようなタイプと。

フラッと現場に来たと思ったら重箱の隅をつつくように施工のチェックをして口を出し
ちゃんと直しといてよねと帰っていくような前者のタイプは
現場ではクソほど嫌われるがクライアントのためには必要な存在で、
インテリアコーディネーターはそうあるべきだという人がいる。

私は後者のタイプなので(これじゃだめなのかなぁ)なんて葛藤することがあったのだが、
澤山さんの言葉を聞き、そして「桃之八庵」をみて確信できた。

大丈夫だ。
間違っていなかった。

ってね。

人間的なところでも、私は澤山さんを好きになったし、
仕事に対しての目指すべき姿と思っている。

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カメラマンを6名もいれたという(!)
こだわりいっぱいの本。

写真集として眺めるのも素敵だけれど、
出来れば書かれている文章も全部読んでもらいたい。

 

 

 

 

流行を追いかける競争の果ての使い捨て文化から、大切なものを守るサスティナブルなライフスタイルへ。
自分の価値基準で働き方を決められる時代へ、
都会偏重から自然回帰へ。

キュレーションホテルを通して未来へ伝統をつなげていきたいという
そんな澤山イズムがギュっとつまっている。

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貴重な経験をさせていただき
ありがとうございました。

2019.8 
熱海「桃之八庵」にて

jay blue
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